彼女にとって占いなんてなんの意味もなかった。
運は良しも悪しもなくて、ただあるがまま起きた現象でしかない。運勢と言えば聞こえはいいがすべて偶然の産物だと、彼女はそう思っていた。
血液型占いはもちろん、誕生日占いも星座占いもろくに信じない。占いなんて、つまらない日常をきれいに見せるためのトッピングでしかない。
だから同じ星座の友人から、星座と血液型を重要視したオンラインゲームに誘われても、付き合いで頷いたに過ぎなかった。
ハンドルネームは、たまたまテレビで目にした富士山の絵画からとって、「フジエ」
[bloodyStars 12*4]
そのゲームに実装されているバトルモードは、プレイヤー同士が競い合うことで星座の順位を決定する。その結果は、翌日の運勢にじかに反映されるという。
その運勢というのが、ゲームの中はもちろん、ゲームの外である現実にも多少の影響があるともっぱらの噂だ。
もちろん、まともに取り合わないでいた。運勢の話を疑っていたから、プレイヤーが争うバトルモードには一切の興味なく、それよりもチャット等で男として振る舞い、見ず知らずのアバターと交流するほうがよほど楽しめた。
しかし、だからこそ、今日のバトルゲームの参加を決めた。
すべては友人のせいだ。誕生日が近く、彼女をこのゲームに誘った張本人。
だから彼女は、初めてのバトルゲームを張り切るのだ。
バトルで勝って、水瓶座を一位にして、きちんとした賭けに持ちこむために。
ゲームと現実の運勢が関係ないことを証明するために。
なによりそれより、五百円のアイスのために。
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槍先を両手で受け止めれば、正面の秋時は面白いほど目を見開かせて驚きを表現していた。
槍の勢いも、塗られた毒も、流水ごと腰元の水瓶に吸いこまれていく。
それを目の当たりにしてわなわなと震え出す秋時に、フジエはにかりと、歯をみせ笑う。
「聞くなよとは言ったけどさ、あんた頭悪いだろ。水瓶座に水魔法が効くわけないじゃん」
「は?」
「もっとも、なにをやっても効かないと思うけど」
諸々を吸いこみきったみずがめが、ぴかぴかと己を光らせている。
フジエがそれをノックすれば、今度は吸いこんだ流水があふれだしてあっという間に槍の姿を形作った。それを手にして見せびらかすようぶんぶんと振り回したフジエは、最後に刃先で秋時を捉える。
「ええと、あんたはAB型の……蠍座だろ?」
ベストに光るブローチは紫色で、AB型であることを表している。
襟首から伸びた髪はしっぽのように細長く、先が膨らむように束ねられていて、それはサソリを連想させた。
外見からわかる情報をそのまま口にするも、秋時からの返事はない。フジエは言葉を続けた。
「ちなみにわかってると思うけど、俺は水瓶座ね。あんた、水瓶座の性質を知らないで挑んだの?」
「……"蓄積"か!」
「思い出すの遅すぎ。俺に強すぎる技は通用しないから、そのつもりでよろしく頼むぜ」
蠍座の性質が、あらゆる技の範囲を狭めて威力を伸ばす"集中"なら。
水瓶座の性質は、あらゆる技を吸収し、好きなタイミングで自分の技として解放できる"蓄積"だ。
蓄積で吸収できる技は一度にひとつのみ。解放しきるまで他のスキルを"蓄積"することは叶わないが、近接戦に長けたB型なら、フジエなら、吸収した技を武器の形に変換して使うことができる。
一撃が大きすぎる武器が相手の手に渡ってしまった。秋時はぎりと歯を食いしばり、改めて槍を構えた。
「人の技を奪っておいて、よくそんな得意げでいられるものだな。賞賛に値するよ」
「どうもー」
「しね」
「そっちがな」
だん、と踏みこみ槍を振ってなぎ払う。刃先が秋時の胴体を通りぬけ、確かな手応えを残して槍が消滅する。ポイントが増える効果音をフジエが聞き取った瞬間、槍の柄を逆手で短く持ち、振り上げている秋時の姿を見た。
あ。
フジエが感じたのは驚愕であったが、悔恨ではなかった。反省でもなかった。
眼前の敵ごしに水瓶座の友人を確認した今は、勝利への確信ばかりが、胸の中に湧いて出た。