彼にとって占いは、ありもしない幸せを期待させる詐欺行為だった。
 不平不満が溢れる現代社会で、潤いを与えるふりをして何もせず渇きを増幅させるだけ。占いなんて蜃気楼だ。だだっ広い砂漠で一瞬だけありもしないオアシスを見せる迷惑な現象。
 日常に大きな幸せはなく、占いはそれを保証しない。だから彼は、小さな幸運にすがった。
 例えば、頭のなかのカウントがゼロを告げた瞬間に信号が青に変わったら、達成感と充実感に満たされて、思うのだ。
 望んだとおりに物事が展開した、これはきっと幸運だ、と。
 嬉しくなくとも誇らしい、些細なことで自らの可能性を見直す。そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか幸福感すら見出していた。
 それっぽっちの出来事が、身に余る幸運に思えてきた。
 さて。彼にとっての幸運を得るためには、不可欠な行動がある。
 できるだけ現実でも叶う範囲で、こうあればいいの希望的観測を立てながら行動することだ。ちょうどいいタイミングで信号が青になればいい、そうすればブレーキを踏まなくて済む。今日の昼食はあの定食屋にしよう、あまりおいしくないから過度に混雑してなくて、だけどさばみそ定食だけはうまいから、急かされすぎずにおいしく食べよう。その程度の小さな願望を叶えながら、自らの幸運をつみかさねていく。
 幸運を感じて、幸福感を抱けた瞬間は、不幸が顔を出すことはない。つまり永遠に幸運でいて、幸福感に包まれていれば、ストレスに苛まれないさわやかな日常が過ごせるのではないか。そんな願望が、叶えようもない大きな願望がどこかにあることは彼も自覚していた。
 それを叶えるには、小さな願望を叶えて満たして、つみかさねている幸運を、永遠に至るまで貯蓄し続けるしかない。
 そんなこと不可能だとわかっていても、そうせざるを得なかった。
 願望を持ち、叶えることそのものが、彼にとっての願掛けになっていた。
 幸せになるための願掛け。不幸から解放されるための願掛け。
 ささやかな幸運を重ねるという願掛け。
 日常を思い描いたように過ごすことを心がけた。自分ができる範囲で幸運を追い求め、根拠のない占いからは距離をおいて、だけど願掛けは欠かさず行なって。
 そうしていくうちに、ひとつのゲームを知った。
 他の星座のプレイヤーとバトルをして、占いの順位を自力で勝ち取るオンラインゲーム。
 占いの順位が現実にも反映される、そんな噂があるゲーム。
 願掛けにうってつけのそれ。

[bloodyStars 12*4]

 その日は秋が訪れていた。もう一ヶ月もすれば誕生日という秋の日だった。
 彼は、自らの下の名前とかけて、「秋時(しゅうじ)」と登録した。

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 装備していた槍で殴りかかってきたアバターをあしらい、毒薬を槍に付着させて一気に突く。
 これで高ポイント獲得だ。毒の効果で、しばらくはじわじわとポイントが増えていくことだろう。蠍座は一対一に強い。それを知らずにこいつは飛びこんできたのだろうか。秋時は呆れて、軽く笑う。
 けっとつばを吐くアクションを見せたアバターは、体のラインが見えるスレンダーなデザインに似つかない大きな水瓶を腰元に下げている。短く切り揃えられた黒髪を装飾しているヘアバンドは青色だ。
 恐らく水瓶座の――青色だからB型か。
 接近戦に強いからといって調子に乗ったのだろうか。確かにこちらは中途半端なAB型だが、だからこそできることだってある。
「さて、これからたんまりポイントを溜めさせてもらう」
「……やれるもんならやってみろ」
「生意気な態度だな、教育の足りなさを感じる。これは一度痛い目を遭わせる必要がありそうだ」
「けっ」
「ところで、B型は魔法攻撃がよく通るんだったか? よくは知らないが、確かそうだった気がする。まあ昔から戦士は魔法に弱いものだし、そういうことにしておく。考えるのも面倒だ。しかし私が使える中でもっとも威力が保証されている魔法は水魔法なのだが、どうするかな、水瓶座に水魔法は効くと思うか?」
「俺に聞くな」
「それもそうか」
 物理が弱いA型には物理で、魔法に弱いB型には魔法で攻めることができる。それこそが中途半端なAB型の特権だ。
 構えた槍先に魔法を"集中"させて、最強の一突きの準備をする。
 今までプロフィールを意識したことはなかったが、蠍座のAB型でよかったと思えた。あらゆる技を狭く強くする蠍座の"集中"と、魔法攻撃も物理攻撃も広く使えるAB型の組み合わせは、なかなか悪くない。
 魔法の準備が完了する。自慢の槍先に流水がまとい、だけど刃に付着した毒薬はまったく流れ落ちない。
 ばっちりだ。これで600ポイント以上はかたいはず。
(そんな大きな数字を一度に獲得したら、さぞ気持ちがよいのだろうなあ)
 快感を予想して、心が震えた。
 相手は逃げる様子を見せない。いい度胸だ。それともこれも、今までこつこつつみかさねてきた幸運が結びつけた結果だろうか。
(どうでもいい。どっちでもいい)
 彼は、思い描いたとおりにことを進めて、成功して、スカッとしたいだけなのだ。
 彼がほしいのは幸運と、快感。それをつかむために、攻撃をコマンドした。

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