何でもない日常の一幕、風が吹く野原で、私は膝を抱えて泣いていた。
「……泣くなよ」
隣に座る幼なじみが、ぶっきらぼうに励ましてくる。それは大して嬉しくもないし、だからといって虚しくもない。私が泣いている時、彼は決まってこの言葉を使うのだから。
私はただ、悲しかった。何でもない日に起こった特別なことが心を痛めつけ、涙を生み出す。
「クロロは、きっと元気にしているよ」
「でも、クロロ、怪我しているかも」
「怪我する前に、飛んで逃げるよ」
「何でそんなこと言い切れるの? もしも怪我してたら、助けに行かなきゃ」
「じゃあ泣くのを止めて、一緒に探しに行こう」
「……でも」
「そうやってずっと泣いていたら心配して戻ってきてくれる、と思っているのか?」
「そんなこと……!」
「じゃあ泣き止んだら?」
「う……」
「泣き虫ルフレ」
「……いじわるナハト」
私はルフレ、彼はナハト。同じ年、同じ村で生まれ育った幼なじみ。
村は小さいが不便もなく、近くに大きな街もない。お互い村を出る理由がなかったため、必然的に同じ時間を共有してきた。だから、ナハトが傍にいることは、私にとって当たり前。多分、ナハトにとっても当たり前。
今となっては生意気ですかした態度を取ってくるいじわるな奴だけど、ナハトは昔から優しくて、気配りができていた。私が姉さんと喧嘩した時は二人の仲を取り持ってくれたし、ナハトのお母さんが病気で寝込んだ時はつきっきりで看病した。
いいお嫁さんになれるよ、って笑ってやったら「お前に比べたらな」と言い返されてしまい、反論できなかったことがある。その後に姉さんが「お婿さんがナハト君なら問題ないわ」なんて笑い出して、二人して焦ったっけ。
そういえば、私がクロロを飼うと決めた時も、無責任だと反対していたくせに、結局一緒に世話をしてくれた。
「……ナハト、ありがとう」
「何が?」
「私ひとりじゃ、クロロの面倒はみきれなかった」
「そうだな」
「馬鹿」
「だから僕が手伝ったんだ。ルフレの尻拭いは僕の仕事だし」
「馬鹿っ!」
「ありがとうか馬鹿か、どっちかにしてほしいな」
「ありがとうございますこの馬鹿野郎!」
「口が汚いな。またリフレさんに叱られるぞ」
「う……、姉さんには黙っててね」
「ルフレが泣き止んだら、な」
ナハトは笑う、月色の瞳を細めて。夜色を――包容力を秘めた黒の髪を風に泳がせて。
その表情があまりに眩しくて、堪えていたはずの涙が、また。
これは何でもない日常の一幕。
ナハトが黒い獣に襲われ、呪いを受けるまでのこと。