美しく、儚く、肉片と共に、は舞った。
空を斬った銀にが付着する。それはとても鮮やかで、美しい
「ぁぐ…っ!痛い…痛い…!」
がつき、腹部が裂けたドレスを身にまとった少女は斬撃の衝撃で横たわっている。
大きな切り傷を負った腹から流れる鮮血が、彼女の痛みを語っていた。
「そりゃ、痛いだろうな。それは今まで、お前に傷つけられた人たちの痛みだ」
チャキリ、と無力な女の首に剣の切っ先を向けたのは、青年だった。
異性に武器を向ける事にためらいは無いらしく、その顔は、何処か嫌味な笑みを浮かべていた。
そんな青年の衣服のあちこちにはが映えている。が、彼は今でもぴんぴんしている。
全て返り血なのだろうか。
「違う、違います!私は、何もやってない…」
「嘘つくなよ。俺はもう分かってるんですよ、魔王様?」
「ま、魔王は、さっき貴方が倒したんじゃないですか…?貴方は、私を助けに来た、勇者様じゃないんですか…?」
「ああ、勇者だよ。皆はそう呼んでる。でもお前は俺が助けに来た姫じゃない。そん位、もう分かってんだ。 さっき俺が倒したのは魔王の分身、力の一部。だったらあの異様な弱さにも説明がつく。
本体であるお前は姫を殺して、その皮を被ってんだろ。もうお見通し。隠しとおすだけ無駄」
「何を言って…?」
「黙れ」
反論は許さない、そう言うかの如く、剣を振るい少女の細い首に浅く穴を開けた。
声にならない悲鳴が上がり、青年の服と剣にはまたが付着する。
銀の鎧も剣も、もはや銀ではなく赤銅と呼んだ方が正しいのかもしれない。
「姫ごっこはもうお終い。早くその姫の皮を脱ぎ捨てて、本性現したら?
今の攻撃はお前を黙らせる為の軽い奴。まだ俺の仲間の分の攻撃も、姫の分の攻撃もやってないんだから。
本気を出したお前と戦わなきゃ、俺の目的は終らない。俺の目的は姫を助ける事、そして…魔王を倒す事だから。
前者はもう無理みたいだから、後者に全力をかける事にするよ」
「……………!」
ヒューヒューと、空気が通る音だけが小さな口から漏れる。その唇は言葉を綴っているが、喉が音を出してくれない。
第一、今の彼に言葉が通じるのだろうか。それですら怪しいものだ。
"私は魔王なんかじゃない" 例え今そう言っても、彼は耳を傾けずに少女の左胸にその剣を沈めるだろう。 魔王と呼ばれた、男を殺した時のように。
「…………」
少女は弱った体を必死に引きずり、さっきまで者だった物の傍へと移動する。まるで、助けを乞うかのように。
だが彼がそれを許す訳もなく。
純白には程遠く、中途半端にに染まってしまったドレスの裾を強く踏んで動きを封じ、剣を彼女の目の前に突き刺す。
当然、彼女は恐怖で抵抗を忘れ、脅えたあまりに涙を流した。
「魔王が泣くなんて、メンツ台無しだな。それとも、まだ演技だったりする?もう無駄なのにさ。分かってんだよ、俺は」
その大きな勘違いに、声が出せない以上、首を横に振るしか出来ない。
だが否定の意思を見て青年は舌打ち。「くどい」と呟いてから少女の体を蹴り飛ばす。
「いつまで姫様のフリ?正直飽きたんだけど。いい加減その化けの皮剥がせよ。仲間の分と、姫様の分、出来ないだろ」
「…………」
「…ふぅん。未だに姫様のフリ?そのまま助けてもらって、国を内側から支配するつもり?出来る訳ないだろ。
お前は、今此処で俺が殺す。姫様をさらったんだから、当然その覚悟は出来てるよな?」
「…………」
そうなったらどうなるか、分かっていながらも首を横に振った。
その結果は…少女の予想通り。
「最期まで、ご苦労様。さようなら、偽のプリンセス」
細い体の左胸に、深く、深く剣が刺さる。
そして、ゆっくりと、じんわりと、剣の周囲のドレスのが一層と濃くなっていく。
まるで、カウントダウンのように。
が濃くなる動きを終えた時、それは、姫の死の合図なのだから。
「……………」
「…最期に、そんな目をすんなよ、気色悪い」
最期、姫の目に映った物は、勇者と呼ばれていた男。
底知れない恐怖を抱いているその視線は、まるで魔王を見ているかのようだった。




勇者はすぐに、この姫も魔王の一部だと考え始めた。
魔王がこんなに弱い訳がない。きっとこれも力の一部。しかも100分の1にも満たないのではないか。
そして、この姫のように、自らを魔王と名乗っていた物のように、まだ力の一部が世界中に居るのではないか。
本体は、高見の見物をしているのではないか。

勇者はに染まった魔王の城に留まる事を決めた。
こうすれば自分の居や玉座を失う形になる。それは魔王も困るのではないか。
遅かれ早かれ、いつかは此処に戻ってくるのではないか。
そして、戻ってきたのが魔王なのではないか。
そう考えた結果だった。

勇者とその御一行が魔王の城へ向かったっきり戻って来ないという噂はたちまち広がった。
それを聞きつけた、正義感や冒険心を持った者が何人も城へと向かって行った。
生存者は皆無。誰1人として戻ってこない。新たな勇者達の親族や友人は、脳裏にい絶望を描かざるを得なかった。
後に、誰もかれも、その城へは寄り付かなくなった。

かつての「勇者」が「魔王」に変わるまでに、多くの時間は掛からなかった。