吸血鬼は命を喰らって生きている。血を飲み、肉を齧り、羽を食べる。そうしないと生命機能を維持できないからだ。
 それはごく当たり前のことで、人間だって、それ以外の動物だってみんなそうしている。ただひとつ、天使って例外がいるが、奴らは他人に何かを与えるごとに寿命を伸ばすという例外中の例外だ。動物の中にも入るまい。天使にも命がある、だが奴らは動物でも吸血鬼でも神でもない。単なる天使で、そして食材だ。
 テラスを開放して適当な音楽を流しておけば、奴らは自然に現れる。薄い空色の翼を広げてテラスに降り立ち、こう言うのだ。「そんなテープでは物足りないでしょう? 本物の音楽をあなたに聴かせてあげます」と。抜いた羽根を楽器に作り変え、構えた瞬間が最大の好機。楽器を奪いそれを押し倒し、口角を上げて牙を剥く。天使が怯えだすのは、大体、その牙と俺の瞳を目に映してからだが、その頃にはもう遅い。食事の準備は整っているんだ。
「いただきます」
 まずは羽をむしり、喰う。次に首筋を噛んで、血を飲む。最後に、残りを頬張り、咀嚼する。
 悪いなんて思わない。思ったこともない。天使を食べなければ生きていけないのだ。生きることそのものに理由はなく、俺も人生に意味を見出しているわけではない。しかし、食べたくないから死ぬなんていうのは、それこそ命に対する傲慢だろう。だから、俺は今日も食べた。
「ごちそうさま」

 俺は吸血鬼にしては少々特殊な存在だ。
 吸血鬼の大半が闇属性として火色の目を持ち生まれてくるのだが、何故だか俺は光属性の証である水色の目を持って生まれてきた。
 命というものは、自分と同じ属性を秘めた命を摂取――つまり食べることで機能する。
 闇属性なら、同種の吸血鬼か人間、それでなくても動植物を喰らえばいくらでも補える。
 だがしかし、光属性は希少だ。人間からは千に一人、吸血鬼からは万に一人しか生まれない。生まれたとしても、摂取できる光属性が極端に少ないため、長く生きることは不可能なのだ。それでも何故、俺が二十年以上も生きながらえているかといえば、生まれた頃より天使を喰らっているからだ。
 天使は、億に一人生まれるという闇属性を除けば、全てが光属性なのだ。天使は物を食べずとも、何かを生み出し評価されることでその命を延ばすことができる。例えば音楽、例えば料理、例えば絵画、例えば恋愛。だから天使は希少な光属性でい続けることができるし、俺はそいつらを絶滅の危機に追いやることなく食べ続けることができる。
 食べるな、と文句を言われても仕方がない。不可抗力も同然なのだから。
 一日に一人食べる計算として、既に七千体以上の天使を喰らったことになる。元々多すぎる種であったからこの程度の数字は痛くも痒くもないだろうが、さすがにそろそろ警戒される時期だとは思っていた。
 だけど狩りは明日も行う。それが俺のためだから。今度は食材でも放置してみよう。

 朝のうちに狩りを済ませようと、適当に用意した山菜や肉をテラスに置きに来たその時、彼女は降ってきた。
 びゅう、と風を切る音と共に、空からまっさかさまに降ってくる。それは落ちているというよりも、下に飛んでいると称した方が正確かもしれない。
 彼女が手にしている銀の刀身が目に入り、危機を察知して魔道を準備する。吸血鬼にのみ許された技術、魔道。贄を用いることで攻撃的なエネルギーを召喚する技。豚の肉をテラスにばらまき、足で陣を描き、銃を真似た指で刺客を示す。
「罪を焼却する覚悟(プロクス・パラディソス)!」
 豚の肉が火球に変わり、降ってくる刺客めがけて飛んでいく。刺客は目を見開きすかさず刀を構え火球に振りかざすが、形のない炎が切れるはずなどない。切られても尚分裂した火球は刺客の体を包み込み、細い体から悲鳴を絞り出す。
 刺客の手から解放され行き場を失った刀がくるくる回ってテラスに突き刺さる。握って分かったが、長い刀身にしては軽い刀だ。簡単に刺さったところを見ると、切れ味は相当なものだろうが。
「きまぐれな風の人助け(アネモスバロニ)」
 山菜を贄に風を召喚し、中空で火球に包まれていた刺客をこちらへ引き寄せる。ふわりと吹いた風は刺客をテラスへ降ろし、間もなく姿を消した。
「悪いな。君の得物は預からせてもらう」
 挨拶代わりに、物騒な挨拶を見せびらかす。しかし刺客は不思議そうに自らの体を眺めるだけ。驚いて当然だ。あの火球は強力な熱を具現化しただけで、服や髪、肌を燃やす作用はない。
「……あんたが、ヒューレーキュクロートン・マクラーンね?」
 あくまで顔をこちらに向けず、床に顔を伏せながら喋り出す。照れ屋なのか、或いは顔を晒すつもりがないのか。
「まさか、フルネームで呼んでくれるとはな。長いだろうに大変だ。それとも、さすが天使は真面目だな、と言うべきか」
「!」
「翼は確認していないが、その白い髪は天使だろう? 得物を持ってここに来たということは、とうとう仲間の仇討ちか?」
「……天使長様の命令で、あんたを殺しに来たのよ、マクラーン。あんたがいると、確実に仲間が減っていく。こんな恐い生活を続けるわけにはいかないって……」
「それでこの装備、か。物騒なものだな、天使のくせに」
「あんたを殺せば、あたし達が怯えることはなくなるもの。光の吸血鬼なんて、存在しちゃいけないのよ……!」
「それは殺してもいい理由になるのか?」
「殺す動機には充分よ」
「なるほど。だが今の君に俺を殺す手段はあるかな? 俺には魔道も刀もあるが、君には武器がない」
「……最悪ッ」
「ついでに言うと、俺は今、食料を捜している。都合よく降ってきたごちそうを食べない理由は俺にはない」
「……はっ。食べれるものなら食べてみたら?」
 ごろり、と寝返りを打った彼女の瞳はとても赤く、地獄の業火を連想させた。
「……あたし、闇っ子だけどね」
 突如広がった彼女の翼は、不吉な赤色に染まっていて。それは、一億分の一よりもっと稀少な光景だった。
「…………随分と珍種だな」
「そう。あんたと同じ。だからあたしが選ばれたのよ。あんたに食われることのないあたしが。仲間の希望を作るために」
「希望の天使、か」
「アーラよ。覚えておきなさい。あんたの命を奪うまでは、ずっと傍にいてやるから」
 火色の瞳が笑いかけてくる。やれやれ困った。これではいくら否定しても、アーラは傍にい続けるだろう。俺の命を奪うまで。
 それが希望を生むアーラの生き方だとすれば、俺がとやかく言うつもりもないのだが。このままでは厄介ではある。
はてさて、俺が殺されるか彼女が絶望に殺されるか。この生存競争の行方はどうなるのか。ため息を吐いて空を仰いだ後、とにかくアーラから鞘を没収しておいた。

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