村へ帰ると、ナハトの呪いは解けていた。
いつも通り、私の知っているナハトが、笑って「おかえり」を言ってくれた。
だけど、それだけ。村へ戻ってからナハトの目の先には、ずっと姉さんがいた。
私が旅をしている間、姉さんはずっとナハトの傍にいたらしい。彼が闇に怯えても、奇声を上げても、自らの体温に苦しんでも、ずっと離れないで世話をしていたという。それなら意識して当たり前だ。
今となっては一日に一回、「リフレさんが」なんて切り口で言葉を投げてくる。その度に私は、胸にはびこる負の感情を抑えこんで来た。
悔しい。頑張ったのは私なのに。悔しい。
愚痴を聞いてほしいと思い、前もって教えてもらった連絡先を頼りに、スキアーへ手紙を出した。
でも返ってきたのは親族からの返事。スキアーは戻らないまま、妹は目覚めないままだとか。定期的に届いていたスキアーからの連絡も途絶えてしまい、逆に居場所を尋ねられてしまった。
巨大な羊が渡ったという北の島で、何か遭ったのだろうか。だけどスキアーは腕が立つし、意志もある。並大抵のことじゃくじけないと踏んで、私は本人からの連絡を待つことにした。
たまにネグロを思い出す。
ネグロが自殺した後、しばらく黒い鳥を探してみたが、やはり最後まで見つからなかった。改めて悟った私はネグロのお墓を作り、その傍にランタンとクロロが好きだった木の実を添えた。今はどうなっているか分からないが、ネグロ以外の何もかもをそのまま残してきた。今もあの屋敷は、明かりを灯して闇を跳ね除けているのだろう。
結局村を出たあの日々は、私にとっての何だったのだろう。
ナハトから逃げるため、ナハトを救うため、スキアーに剣を教わるため、スキアーと掲げ合った目的を果たすため、ネグロと笑い合うため、ネグロを死なせるため。旅の動機、旅を続けられた理由はいくらでも出てくるが、そのどれもがこじつけで、うそくさい。
「……最低」
何よりも大切だったはずのナハトは、私ではなく姉さんの名前を呼ぶ。ただそれだけで、旅に出たことを後悔している。
誰よりも頼れたはずのスキアーが危険かもしれないというのに、それでも彼に頼って連絡を待つのみ。
どこまでも私を慕ってくれたネグロには、もうどんな顔も合わせられない。
風が吹く野原で、膝を抱えて泣いていると、ふと髪に違和感を抱く。雪でも止まったかのように、その部分だけが冷えていた。
空を仰ぐと、私に降り注ぐ黒い雪。
「……あ」
クロロと同じ色の髪が、徐々に黒く染まっていった。